水際喫茶室|お魚・エビに一喜一憂

レッドチェリー

学名変更!?

 何かの種について学名が変わった時、図鑑や論文に書かれている学名は、必ず直ぐに新しいものに変更される訳ではありません。それにはれっきとした理由があります。おまけとして、最後に和名についてがあります。

 長い間慣れ親しんだヤマトヌマエビの学名「Caridina japonica」が、数年前ふと気付いたら「C. multidentata」になっていました。 ヤマトヌマエビは和名がありますので、学名が変わっても注意していないと見落としますね。
しかし、アクアリウムの世界では魚を学名で呼ぶ事も多いので、研究者でなくとも、熱帯魚雑誌等を読んだり情報を検索したりしている時、何か自分の知っている魚の学名が変わったというニュースや記事を目にしたことがある方も沢山いらっしゃると思います。
学名で流通している魚の場合、学名が変わっても、流通する上では多くの人になじみのある古い学名がそのまま商品名というか通称になっている場合も多くて、それでも大抵話が通じるので別段困った事にはなりません。
その一方で、熱心に興味のある種の情報を追いかけている方の中には、新しく刊行された書籍やサイトの記事を見て、「まだ学名が新しいものに切り替わっていなかった」と、ちょっと不満そうな人も時々いらっしゃいます。
情報収集やその目のつけどころは見習いたいと思える方も沢山いらっしゃるのですが、どうやら、ぱっと見、その記事の執筆者に対して、「新しい学名になったのを見落としている。不勉強だ」という風に思っている方もいらっしゃる感じがします。本当に不勉強なのかもしれませんが、実は学名は、発表されれば即全て必ず新しいものに切り替えられるわけではありません。

 もし、何かの種について学名に変更があったら、それには必ず何か理由があるはずです。
科学者は、確かな情報の積み重ねでしかものを言えません。
例えば、「淡水エビ類は、大潮時に産卵する傾向があります」というのは愛好家にもよく知られている事ですが、その一文を論文内に書きたいのであれば、必ずその根拠となる出典元の文献もしくは自分でまとめたデータを示さなければなりません。客観的な証拠がなければ、どんなに正しいと思っていても、その情報は論文に書いてはいけません。
学名変更をする場合も、研究者はその証拠を添えて論文をまとめます。それは、調べてみた結果、「○○1種類だと思っていたけど、よく似た別種が混じっていたと判りました」とか、逆に「今まで複数の種類だと思ってたけど、実は全て同じ種類でした」とか、「1種」とされる範囲が変わってしまう事もよくあります。
他の研究者がその報告を読み、納得できる理由であればその学名を支持します(使用します)。

 そういうわけなので、学名変更が報告されても、以降の論文や図鑑等が新しい学名に切り替わっていない理由として私が思いつくのは、次のような場合です。

学名変更の報告より前に執筆された。
専門書は一般の雑誌等に比べると、締め切りから出版まで結構間が開いたりします。
執筆者は報告がある事を知っていたが、当の論文を未入手等で読んでおらず、学名を変更すべきかどうかの判断が出来なかった。そのため、古いけど確かに支持できていた従来の学名を使用した。
読みたいのはやまやまですが、海外の小規模の学会で発表されると入手困難な場合も。
論文は入手したが、言葉の壁があって読めず、判断出来ない。
英語ならまだしも、全くなじみの無い言語の場合、時間がかかります。また、科学論文は正しく翻訳できる人も限られます。(辞書も限られます。数種類の辞書を又引きする事もあります)
論文を読んだが、学名変更となった根拠や証拠に納得出来ない。
その考えには賛同出来ないというレベルから、いまいち判断が心もとないので、しばらく追加情報待ちで様子見をしてみよう・・・というあたりまで様々。その分野の分類学者であれば、他の研究者との情報交換や、自分で確かめて疑問を解消し、新旧どちらの学名を使うか検討することもあります。
論文が発表されたところが小規模の学会等で、執筆者が本当に存在を知らない。
研究者は自分の専門分野の論文に常に目を光らせていますが、世界中には様々な規模の学会が沢山ありますので、見落としている場合もあります。

 実は比較的最近、お世話になった先輩の一人がヤマトヌマエビについての論文をとある学会誌で発表したそうです。先輩はヤマトヌマエビが学名変更された事は以前からご存知だったそうですが、その論文を手に入れる事が出来ず、最初仕方なくヤマトヌマエビを「Caridina japonica」としたのだとか。
「そりゃあ、出来れば俺だって新しい学名で書きたかったんだけど、その時はまだ報告読んでなかったからさ〜。読んでなけりゃ、(変更の理由を確かめられないから)やっぱり無理なんだよね」と。
その後、論文を審査した方(←執筆者には匿名)から助言を受け、最終的には「C. multidentata」と書き直したのだとか。
ちなみに、今回の変更理由は「Caridina japonicaをよくよく調査したら、それ以前に東南アジア(←うろ覚え)から報告のあったC. multidentataの範疇に入りました。なので、C. multidentataとして扱いましょう」という辺りだそうです。(←読んでない上に電話口で聞いたことなので、間違ってたらすみません)

そういう事等ありますので、もし新しい書籍等で学名が変わっていなくても、「まだ判定中かな〜?」ぐらいの気持ちで気長にお待ち下さいね。
ちなみに、ミナミヌマエビやビーシュリンプは昔Caridina属(ヒメヌマエビ属)でしたが、「オスの第一腹肢が洋ナシ型」等の共通の特徴から新設された Neocaridina属(カワリヌマエビ属)に属名変更された経緯があります。
この報告は20世紀前半だったそうですが、20数年前に私が読んでいたアクアリスト向けの図鑑や雑誌には、ビーシュリンプについてCaridina表記とNeocaridina 表記が未だ混在していました。もちろん、古い図鑑も混じっていたのだと思いますが、全てNeocaridina表記になるには、かなりの時間が掛かったわけです。海外のサイトでは、未だCaridinaと書かれているところもあります。

 現在は、昔に比べればネットの発達等で情報のやり取りが速くなりましたので、学名が新しいものに切り替わるのに、昔ほど時間はかからないと思います。 その気になれば、学名変更の報告があったという情報をすぐにネットで検索できるかもしれません。
ですが、むしろ私は、専門知識の無い方が論文の内容を判断する事なく新しい学名を簡単に使用し、それが広まってしまう可能性の方に危機感を覚えます。
現代はデジタル機器の発達により、生物について静止画や動画による鮮明な生態の記録、遺伝解析のような形態からだけでは判断出来ない部分の分析等が可能になり、詳細な種の記載ができるようになってきました。分類学も今までとは違う時代を迎えるでしょう。
ただし、そういった部分が完全に補完されていないうちには、古いやり方も平行していかなければなりません。
私達は研究者ではありませんので、今は「分類学の古き良き時代の最後」なのだと思って、のんびり眺めているのもいいかなと思います。

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おまけ・「和名」について

 私達日本人が生物の名前を呼ぶ時、一般には日本語の名称である「和名」を使います。これは分類学的名前ではなく、習慣的な呼び方です。一つの名前が1種のみを指しているとは限りません。
図鑑を作る時等、一つの学名に一つの和名となるよう調整したものが「標準和名」ですが、それにも命名規則があるわけではないので、1つの種に複数の和名がついている場合もあります。
研究者の場合は、「種」を「学名」で判断しているので混乱は生じませんが、一般には種を和名で判断する場合が多いので、和名で1種のように呼ばれる範囲が学名の示す1種と異なる場合、同じ種に複数の和名がついていたりする場合等、混乱が生じる事があります。
あまり一般的生き物でない場合は、和名がついていない事もあります。(参考: 和名 wiki)

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2009年08月公開

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