水際喫茶室|お魚・エビに一喜一憂

レッドチェリー

ビーシュリンプに名前がつかない理由

 新種発見!その時研究者はどうしているのか!?
アクアリウムではメジャーなエビなのに、ビーシュリンプになかなか学名がつかないのはどうしてなのか。
ここでは、ビーシュリンプを例に、新種記載にまつわる作業や考え方を取り上げてみました。実際に新種記載を行っている研究室の雰囲気一例は、ラボ4コマをご覧下さい。

※2011年12月に出版されたばかりの「エビ・カニ・ザリガニ 〜淡水甲殻類の保全と生物学」(川合唯史・中田和義 編著 生物研究社)の中で、ビーシュリンプについて「Caridina cantonensis Yu,1938種群」 との記述がありました。上記学名で画像検索をかけると、海外サイトが結構ひっかかってきますね。(2011年12月追記)

 では、本文です。長くなりますが、お気楽にどうぞ。

 「新種発見!」「未記載種報告!」・・・アクアリウム関係の雑誌なんかで時々目にしますよね。 自分の興味あるグループに新種が発見されたりすると、ときめく人もいるんじゃないかと思います。新種とは、要するに学名がついたばかりの種類、未記載種とは、まだ学名がついてない種類を言います。
 学名は、もともと人間が、膨大な種類の生き物を整理するために作ったものです。学術畑では、学名が無いと「どの生き物で研究したか」という大前提が言えないので、未記載種を対象とした研究をしようと思ったら、まず学名をつける作業が先決になります。そのため、人間にとって直接有用であったり(食用とか)、害があったりする生き物にはさっさと学名がつきますが、いてもいなくてもあまり関わりのない、しかもあまり目に付かない生き物は、わりと後回しになりがちです。もちろん、研究もあまり進みません。
 ところが、趣味の世界では、別に学名が決まってなくてもあまり差し支えが無いので、どんどん雑誌で紹介され、輸入されて国内に広まったりします。研究者が気が付いた時には、「それ何?」って種類が家庭の水槽で飼われてたり、ということもザラです。
 ・・・で、ビーシュリンプです。結構昔から知られたエビだと思うんですが、未だに種小名は「sp.」のままですね。(「sp.」>学名がついてないものです。詳しくは学名の話をご覧下さい) まあ、そこはそれ、いろいろとそう簡単に学名がつけられない事情というものがあるのでございます(泣)。私もいたいけな(?)学生の頃、「ビーシュリンプに学名をつけるんだぁ」とか、淡い希望を胸に某先生(バレバレです)に相談してみましたところ、真相を知ってあきらめました。私だけでなくとも、有名なエビですから、2〜3年に一度は必ず、「ビーシュリンプに学名をつけたいんです」と言い出す学生がいる、という話を聞いているような気がします。でも、大抵皆んなあまりの困難さにあきらめていきます。
 ここでは、ビーを例にとって、新種同定作業に関わる面倒なあれこれをご紹介いたします。(わー前フリ長っ!)

 まず、種を確かめるに当たっては、一体もともとどこに住んでる種類なの?ってことをはっきりさせなくてはなりません。
種は、他の種と本来生殖的に隔離されているものを言います。
わかりやすく言うと、自然環境下において、交雑しないことが条件なのです。
一番確実に交雑しないのは、全然分布が違うもの。
例えば現在だと日本と中国とか、全然違う所に住んでるやつですね。
「魚もムツゴロウとか、有明海だけでなくて韓国にもいるじゃんよ〜、全然違うところにいて交雑しないし、あれは別種か?」
なんて、言いそうですが、それは日本と大陸が繋がってた頃には一緒だったのが、大陸移動で分布が分断されちゃったやつなんですよ!
むしろ、これから別種への道を進んでいくんでしょうね。
(てなことで、時々地質学的年代推定なんかもやります・・・)
ちなみに、テッポウエビの分類がご専門の三矢先生によると、もし日本で「何だこりゃ?」って種が特定できないテッポウエビが採れたら、採れた標本の形態を隅々までチェックして、日本から中国、インド辺りまでのテッポウエビの記載論文と片っ端から照らし合わせてみるんだそうです。
それで出てこなかったらアフリカまで(爆)
そこまでやって合致するものが無かった時に、初めて「新種」だと言えるそうです。(特にテッポウエビは難しいそうですが・・・)
つまり、そう言う作業をビーの場合もやらなきゃならないんですね。
話をもどすと、ビーシュリンプの場合も、「新種」として記載する場合には、
とにかく生息域をはっきりさせる必要があるわけです。
一般には、(元祖)ビーシュリンプは香港産だと言われています。
ということは、少なくとも香港まで行って標本採集して確かめなきゃならんのですが、その旅費とか準備とか人手とかをどーするよ?という問題がのしかかります。
生物の、その中でも生態の研究室は、一年を通して大抵忙しいものですし、その中で一学生がいざ香港!とか思い立っても、なかなか難しいのですね。
しかも、本当には香港にいなかったら、どうしましょう?です。
かなり、リスクが高い・・・。失敗したら、卒論やり直しです。(生態に関する研究は調査時期が限られる内容も多いので、下手すると1年丸々棒に振ります。ついでに、大抵の分類学者は、そういう忙しい野外調査系の研究室に所属しています)
ちーん・・・。

 気を取り直して、新種記載には、当然ですが該当の生物の標本が必要です。
昔の大雑把な時代には、たった1個体のエビを観察して新種記載をしちゃった例もあるそうで、その結果、長い間オスとメスが別の種類だと思われていたり、たまたまアブノーマルな形態の個体を使ったがために、長い間幻の種類になっていたり、ということもあったそうです。
また、1種類の中に、色彩や形状に色んなバリエーションが考えられる場合もあるので、現在は必ず複数(できるだけ多め)の標本を観察し、その中から、これが標準であろうと思われる個体を、可能であれば10個体程は選び出して、それを元に論文を作成するのがベストです。
ちなみに、この標本を「タイプ標本」(模式標本)と言い、後にいろんな理由で検査が必要になった場合に備えて、永久保存の義務があります。
・・・で、ビーシュリンプについて、新種発表の論文を書こうと思ったら、当然ですが、まずビーシュリンプの標本が必要になりますね。
ビーなら、ちょっと気の利いたショップに行けばすぐいるじゃん、と思われるかもしれませんが、流通している個体は国内外で累代繁殖したものである可能性が高いので、既に天然のものとは形態や色彩に違いが生じていたり、偏っていたりという可能性があり、ショップで手に入れた個体でそのままハイ論文を、というわけにはいかない場合があります。(養殖によって出来た系統ということで、アクアリウムストレインと呼ばれます)
そこで結局、「じゃあどこに行けば、天然のビーシュリンプに会えるのよ?」という話になります。
分布の話に逆戻りですね。

 そして、仮に、運良く香港の川に本当に天然のビーシュリンプが棲んでいたとして、それを手に入れることが出来たとしても、最後に最大の困難が待ち受けています。
それは、標本のチェック。
新種を発表するに当たっては、標本の形態をすみずみまで、エビならば例えば、背甲の頭の先にちんまりとついている角(額角といいます)の上の棘や、それぞれの脚、尾等についてる棘や毛、触角にはえている毛の様子まで、全てもらさずチェックしなくてはなりません。
ヌマエビ類の同定はシビアで、体長3センチ程度のある2種類の判別が、肛門の前にあるでっぱりが、でっぱりなのか棘なのか、でしか見分けられないものもあるくらいです(泣)(アレは目が痛くなりました・・・)
で、種内変異がどのくらいあるのか、他の種類と区別できる特徴はどこなのか、近縁の種類全てについて、膨大な量の論文(大抵英語(泣))を参考に、時には他の種類のタイプ標本まで借りてきて、数ある特徴を一つ一つ顕微鏡下でチェックする作業が始まります。
ちなみに、エビに関しては、色彩はあまり同定の手がかりになりません。
と、いうのも、標本にしたら、色が消えちゃうんです。
ちょっと時間のたった標本は真っ白けになってしまうので、比較もへったくれもありません。
おまけに、色彩は個体変異が激しく、こういう色であればこの種類!と、簡単に決められないところもあります。
そのため、体色は同定作業にはあまり役に立たないことも珍しくありません。(注:ページ下部の補足をご覧下さい)
話を戻しましょう。形態の特徴について、いろんなデータを取ったとして、日本のヌマエビ類であれば、これであとは日本から中国付近までの、他の種類の形態と比較して考察を加え、(できるならば、生態学的な情報(繁殖期とか)も含めて)必要な図やグラフも提示して、晴れていっちょあがり、となります。
コレだけでも、ものすごい手間と労力が必要なのはお分かりいただけるかと思います。
が、ビーシュリンプの場合、これが日本のヌマエビ程簡単にはいきません。
実は、比較できる論文や標本が少ないのです。
中国〜東南アジアあたりに生息するヌマエビ類については、
分類学的研究があまり行われておらず、未記載種がごろごろしています。
と、いうことは、そういう種類の特徴については情報が無いってことなのです。
比較できる基準が全然整備されてないのですね。
下手をすると、ビーシュリンプに手をつけたが最後、今まで述べたような特徴を観察、比較調査しまくる作業を、他の沢山の未記載種についても延々繰り広げなきゃならないハメになるということです。
もちろん、それらの標本も必要になります。
・・・そりゃとても1年2年でケリがつきそうな話ではありません。
ビーにだけ学名をつけて、ハイおしまい、じゃ済みそうにないのですね。
(いや、そこで逃げてもいいんですが(笑)、ちょっとねえ)
そんなん、ちょっと学生には無理。っていうか、分類学者でも腰を据えなきゃ無理です。
ちょっとしゃれになりません。しくしく。

 以上駆け足でしたが、エビの新種同定作業をお送りいたしました。
本当に新種同定は大変な作業です。
研究者の間では、うっかり未記載種を発見してしまい、「見なかった事にしたい」という場合や、「見なかったことにした」場合もあります。
まあ、新種記載は早いもの勝ちのなので、いつか誰かがやってくれると信じてみたりw。
ちなみに魚の場合でも、観察する形態が鰭のキョクの数とか、側線のうろこの数とか、鰓のひだひだ(鰓把)の数とかに置き換わるだけで、近縁のほかの種類と比較調査しなければならないのは同じことです。

 最後に、日本国内で「ビーシュリンプ」の名前で出回っているヌマエビには、かつてはおそらく4種類が含まれるだろうと言われていました。
ということは、多分ニュービー等も含めて、似てるのが少なくとも4種いたんだろうと思います。
「ビーシュリンプ」だけで、少なくとも4種類分上記の作業をやるかと思うと・・・。
・・・ぱた。きゅう。

2003年4月補足。2010年5月再編。
当サイトBBS(終了しました)にて、「色や模様は他種との判別に使えない、確実に同定するためには顕微鏡作業が必要」だとしても、種の判別の目安になるものが何かないか?という趣旨のお尋ねがありました。
「確実」に同定するのでなければ、色や模様・ぱっと見のプロポーション等は、十分目安になると思います。
実際、普通趣味の世界ではそれで流通しているわけですし、日常のレベルならそれで十分ではないかと。
あくまでも、「確実に同定するためには、顕微鏡作業が必要」というだけの話です。
「種を見分ける」事については、普段私達が一般にやっている事と、研究者がやっている事は、実は基準となるものが全く違う作業です。分類学者の行う「同定」は、ラボ4コマで取り上げています。

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2003年2月公開、2003年4月加筆修正、2005年12月加筆修正、2010年5月補足再編、2011年12月追記

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